所詮

夫婦という他人。

他人という夫婦。

夫婦になるって本当に大変。

 

近くにお墓がある。

お参りに来ていた老人がいた。

そのとき思った。

”あっ。私も死んだらお墓に入るんだ。

でも、旦那とお墓に入るのは絶対に嫌だ。

親と入るのはいいけど旦那は嫌”

そして今考える。

一緒お墓に入ることをどうやって拒否しようか。

どこに言えばいいの?

子供?子供は小さすぎて分からないはず。

さてどうやって親のお墓に入ろう。

今後の課題かな。

 

愛を誓い合った夫婦でもこんなもんなんだよ。

時間が経てば愛情は無くなって、情も薄れてきて、何の感情も持たなくなる。

それでも夫婦関係を続けていくことが世間では良しとされている。

添い遂げるとか?

所詮は他人なのに。

不信感も夫婦だから許せない。他人なら許せる。

となるとこの話は所詮他人だから許せるのかってことになるけどそうじゃない。

まだ夫婦だから。

元夫婦なら許せる。というかどうでもいい。

所詮は他人と思える日まで悩み続けて、悩んでいるうちに性格もどんどん悪くなっていってしまうんじゃないかと思う。

それは嫌だな。

今でも十分性格悪いのに。悩んでいるのに。

この先もこの話題が付きまとうなんて勘弁してほしいよ。

行きつくところは同じなんだよ。